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茅葺き民家伝承の意義と対策


今日、まだ各地に残っている茅葺き民家の多くは 個人の住居なのだから、それを残そうが捨てようが、その人の自由であり、他人が介入すべきではない、 という意見があります。また、こんな時代遅れの民家が残っているのは地域の恥だから早くなくなる方がいい、 という意見もあります。それに対して、茅葺民家は、日本の地方伝統文化、「ふるさと(郷土)」の象徴であり、 民族の歴史遺産という貴重なものだから、長く後世に伝承しなければならない、いう意見もあります。
   私どもは、後の方の意見に賛成で、世論も次第にこうした流れに沿ってきたように思います。 こうした立場に立てば、茅葺民家を維持することには強い「公益性(public interest)が認められるので、 個人の力ではその維持が困難になっている現在、中央・地方の政府が公費でその維持を支援することが許されるし、 必要だと考えています。


〇 茅葺き民家の形には、大別して「直家(すぐや、すごや)」と「曲り家(まがりや)」があるが、 岩手県北(旧南部領)には「南部曲り家」と呼ばれる曲り家が多く、県南(旧伊達領)の民家は「直家(すごや)」である。 こうした茅葺き民家は、日本の「美しい」地方景観の象徴になっており、日本人にとっての「田舎」、 「ふるさと(郷土)」のイメージは、田んぼの向こうに茅葺きの家と、その背景に里山のある風景であろう。 だから、茅葺民家という伝統的住居が消滅すれば、日本人の「ふるさと」の原風景、もっとも魅力のある地方景観が失われ、 それぞれの地方のアイデンテイテイが消滅することを意味する。これは大きな国民的損失であろう。


〇 いま世界の文化遺産の保存に人々の関心が高まっているが、茅葺き民家は、日本人のみならず、人類の大事な文化資産でもある。都会の人口が圧倒的に多くなった日本では、伝統的生活環境への人々の関心は高まっている。茅葺き民家のある田舎の風景を求めて、多くのアマやプロの画家や写真家が集まってくる。 また来日する外国人のなかにも、地方の伝統的生活・自然環境に関心をもつ人が多くなり、なかには実際にそのなかで暮らし、その保存に献身する人も出てきた。こうした風潮のなかで、茅葺民家の保存の重要性は年々高まっている。


<無形文化財と有形文化財の並存>
〇 、日本の地方の伝統的無形文化財、すなわち、神楽や祭、民俗芸能といった地域伝統行事を伝承することに人々の関心が高まっていますが、こうした伝統行事の継承には、人の棲む茅葺き民家のような有形文化財の存在が不可欠である。なぜなら、こうした地方の伝統行事は、人の住む茅葺き民家のような民家を舞台に演じられ、村人の生活の一部となって維持されてきたからである。しかし、こうした民家が村から消え、現代風の家ばかりになったため、地方の伝統無形文化財の多くは、舞台芸能やイベントになってしまっている。地方の伝統無形文化財の伝承には、その舞台となる「人が住む茅葺き民家」が必要なのである。 私どもは、個人で維持できなくなった茅葺民家を公共的文化財・展示施設として保全する意義は大いに評価するが、家は、人が住んでこそ家であることを考えると、公有茅葺き民家には、できるだけ管理人をそのなかに住まわせ、その家が人の住む家となるような仕組みを工夫すべきではないかと考えている。


<住宅としての茅葺民家の意義>
〇 日本人の住宅建築様式として、茅葺き民家は、日本の風土に調和した「環境にやさしい21世紀的な人間的住宅建築様式」としても注目される。今日、日本で一般的になった洋風建築は、伝統住宅建築がもっていた開放性を失い、機密性が高く、確かに冬の暖房効率には優れていようが、東北のような冷涼地でも、夏は冷房なしには暮らせない。 しかもシックハウス症候群など、化学物質を使った建築素材に苦しむ例まで出ている。 徒然草の昔から、「家は夏を旨としてつくるべし」というのが、日本の伝統的住宅思想であった。茅葺き民家は、縄文の昔から日本の風土、気象に適した住宅様式として発展してきたものであり、建築素材には化学物質のかけらもなく、すべて有機質自然素材の木の柱や土の壁、木と紙の戸障子、野草の茅(葦、芒などの総称)で葺いた屋根などから構成されている。こうした建築素材は、朽ちれば土に還元される循環型の資材である。また高い天井と広い間取りの機能的な生活空間を形成しており、外部の自然界との優れた通気性と親近性などは、気密性、個室主義を重視した日本の現代住宅建築が失ってしまった「環境と人にやさしい住宅」としての条件を備えている。 まず、こうした茅葺き民家の「現代住宅建築様式」との比較、再評価が必要であり、その上に立って、現代人の求める生活環境との調和を求めるというアプローチが必要なのではないか。 いま北欧諸国でブームともいわれる現代風茅葺住宅建築などはよい参考になるだろう。


<地域振興の中核施設としての茅葺民家>
〇 都市的日本人の心の琴線に触れる茅葺き民家は、村(町)おこし(地域活性化)の中核施設としても大いに活用できる。あるイギリス人の政府高官が言うように、「金と人」が農村、地方から町、都会へ移った現代、いかにして町や都会から金と人を地方に呼び戻すか、これが地域振興の課題であるが、そのためには、都会人を引き寄せる田舎の魅力を残さなければならない。こうした観点から、茅葺建物を保存するため、イギリス政府は、30年以上前にまず茅葺職人学校を創設し、茅葺技能者を育成維持しようとしたのである。 茅葺民家は、リクリエーションや観光の場、子育てや子供の教育の場などとして活用できるので、地方の経済的精神的活性化の中核施設として活用できるのである。


<茅葺民家保全の課題>
〇 以上のように、茅葺き民家のもつ意義や役割には誰も賛成するとしても、現代の社会経済環境のもとでは、その維持は容易でない。それにどう取り組むか、これが今後の課題である。 まず、地域住民のなかに茅葺民家を地域の貴重な文化遺産であると自覚する世論形成が必要で、これには、マスコミや上部行政機関、外来者などの評価、報道などが役に立とう。こうした地域社会の支持がないと、自治体が屋根の葺替に補助金を出すなでの支援措置を講ずることは出来まい。 また、核家族化、地域社会の相互扶助組織の消滅などによって、茅葺民家のような大型の家の維持管理は困難になっている。従って、地域内で、あるいは地域を越えた人々のサポートシステムが必要であろう。これには、地域における茅葺民家の利用、活用の方法を工夫しなければならない。 さらに、屋根の修理、修復を容易にするための茅葺ビジネスによる点検、相談、適切な工事の施工などが必要なので、企業側の態勢を整備しなければならない。 最後に、住む人にとっては、茅葺民家の寒さ対策が必要である。現在の洋風住宅がもつ過度の気密性、孤立性を避けながら、どのようにすればこれが解決できるか、建築学からのアプローチが必要である。冬用の離れをつくるという方法で対応している人も現れているが、建築専門家の適切なアドバイスと協力が必要となる。